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2026-02-26
2月26日、20名で「吉田城と二川宿」を散策しました。皆さん早めに金山駅に集合していただいたため、予定より1本早い名鉄特急豊橋行きに乗車しました。豊橋駅から豊鉄市内線の路面電車に乗り換え、市役所前で下車。最初の目的地である「豊橋市公会堂」でボランティアガイドさんと会いました。「豊橋市公会堂」は、昭和天皇の即位を記念して、昭和6年(1931)に建てられ、半球ドームと鷲がシンボルのロマネスク様式の建物で、豊橋空襲で市街地の約90%が焼失する中、焼火を免れた数少ない建物だそうです。昭和11年の昭和天皇の旅行では公会堂に立ち寄り、貴賓室で休憩、今もその部屋は残っているそうです。
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次に、すぐ近くにある吉田城に向かいました。吉田城は1496年頃に築かれた今橋城が前身、当地の武将たちによる激しい争奪戦が繰り広げられたのち、松平(徳川)家康は酒井忠次を城代に置きました。1590 年豊臣秀吉の命令で家康が関東に移ると、池田照政(輝政)が吉田城主となりました。その後、池田照政は関ケ原合戦の功績により姫路に加増移封、姫路城を現在残る姿に大規模修築したことで有名で、ボランティアガイドさんの説明では、この吉田城での経験があったからこそ、あの姫路城の修築が叶ったとのことです。石垣や土塁など多くの遺構が残っており、1954年に復興された鉄櫓(くろがねやぐら)などを見学して巡りました。そして、昼食へ。文政年間創業、江戸中期からおよそ200年続き、現在も「旧東海道」沿いにある味噌田楽の老舗である「きく宗」で、名物の菜飯と田楽を美味しくいただきました。
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「きく宗」でお腹を満たした後、豊橋駅から、JR東海道線で二川に向かい「二川宿本陣資料館」に到着。二川宿は、東海道五十三次の33番目の宿場で、愛知県の最東端にあり、私たちは最西端の宮宿から訪れていると学芸員の方から説明され「なるほど」と感心してしまいました。ちょうど「ひなまつり」イベントが開催中で、多くの「ひな人形」と「つるし雛」が飾られた本陣の各部屋を見学。最後に、豊橋市内では数少ない江戸時代の建造物である商家「駒屋」を見学。当日は、朝は曇り模様でしたが、途中から晴れ、満開の紅白の梅や煌びやかなひな人形など、春を感じることのできる散策となりました。
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